法廷コーディネーターとして

私の大切なゲストの皆様や仲間が「トラブル」に巻き込まれる事も多々あります。以前のコラムでも書かせて頂きましたが、私は「法廷コーディネート」するのが得意です。今まで手掛けてきた法廷は、結果として「勝訴」か「勝訴的和解」しか実績として残っていません。また今回も理不尽な裁判が片付こうとしています。

 

父方、母方双方が経営者の家系にルーツを持つ家庭で育った私には、家族は「将来トラブルに巻き込まれても自己解決が出来る強い大人になって欲しい」と願って私を育てました。そんな中でも、私が小学校の時に母が「どんな親しい人であっても、手の内は絶対に明かしてはいけないよ」という助言をしてくれた事を今でもよく覚えています。この言葉がなければ私の今日は、きっとないと思います。

 

法廷コーディネーターという言葉は私の「造語」になりますが、私の経験則から言わせれば「弁護士バッチ」を持っているからと言って、法廷の素人より、優秀とは限らないという事は断言出来ます。私は弁護士の資格がありませんから、最終的には弁護士等が裁判関係の書類をまとめますが、私は準備書面を熟読し、一言一句「ピン」とこなければ、弁護士に書き直しをして頂きます。あえて素人っぽい準備書面にして相手を油断させる事も多々あります。

 

そして私は平和主義者なので「判決」ではなく「和解」を裁判官と相手方に求めますが、あえて「判決」を出させたり「一見負けそうな裁判」を実行する場合もあります。それは「控訴して勝てる自信がある」「相手を油断させる」「相手側の弁護士の作成した文章を見て弁護士のレベルを判定する」などの「次の準備」の為の理由があり、あえて「負けそうな準備書面」を作成する事もあります。実績として今まで誰一人として、私の手の内を見抜いた弁護士はいませんでした。

 

こいった、柔軟な対応は、私が弁護士ではなく「無資格の素人という立ち位置」だからこそ出来る強みでもあります。残念な弁護士は「勝てない裁判」であっても「いける可能性がありますよ」と言って、弁護士費用を奪っていきますが、本当に出来る弁護士は「負ける可能性」を即座に見抜き、依頼を断ります。私の大切な「仲間」を自らの精神を削ってでも守りぬく。力は自分自身を守る為ではなく「人を守る為」に使うもの、この信念を持ちつつ、今年も「法廷コーディネーター」として努力していきたいと思います。

 

私は裁判所が大好きです

公正公平な立場で受け入れてくれるから

そして大切な仲間を守れる場所だから

 

私にとっての慰霊の旅

私が小さい頃は、大人達は「アメリカに戦争で負けた」と明確に言っていましたし、戦争体験をよく聞く機会も多くありました。しかし今では「終戦」という、オブラートに包まれて表現で子ども達は育ちます。故に更に戦争の感覚は遠ざかっていきます。親世代も教員も戦争を知りません。

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80年前の今日、8/15、軍人だった祖父にとって、敗戦と共に事実上の軍務が終わった日とも言えます。祖父はあの戦争に加担をした戦争犯罪人の1人です。しかし戦犯は1人だけでもなく、日本人だけでもなく、あの戦争に協力し、または、あの戦争遂行の空気感を容認した全ての人間に戦争責任はあると私は小さい頃から感じています。

 

戦前はアメリカ人を1人でも多く殺す事が、軍人として日本人としての名誉だと教えられました。しかし日本軍は滅亡した今日においては、後任の自衛隊も米軍に協力する事、米留する事が好ましく、これは自衛隊だけでなく日本全体が米国に親しみを持つ時代になり、天文学的な数字予算で米国から武器を買い続けています。

 

時代は大きく変わったのです

 

しかし私の慰霊の旅は終わりません。ひとえに戦争の記憶を忘れない、平和への祈りだけでなく「深い反省」を忘れないからです。そんな事から、私は今まで47全道府県、また激戦地だった世界各国の慰霊碑を訪ねて来ました。

 

次の世代は戦争体験を直接聞く事が出来ません。もし私達が活動もせず口を閉ざしてしまったら、過ちはまた繰り返されてしまうかもしれません。時代や権力者が変われば「名誉」も変わります。しかし命は名誉をも上回る尊いもの、戦争がない時代が当然でなければならない、そう言った心持ちを次世代にも伝えていきたいと思います。

 

敗戦から80年、今日も空襲が無い1日を

過せました事、その感謝は言葉になりません

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処分はいらない

かなり前の話ですが、私が某ホテルのレストランを利用した時に、お料理に問題があった事がありました。レストラン料飲部長とキッチン担当者が私の所に謝罪にきて「お詫び」と「その担当者を1週間キッチンに立たせず再教育をします」という内容で説明にきたのです。私は、その内容を聞いて、とっさにこう飲料部長に言いました。

 

「私のお料理に問題があって、よかったですよ。安心しました。他のお客様には問題がなかったのですから。それに1週間も休ませないと改善されないという事は考えにくいと思います。早速、次の料理から担当を続けて頂きます様に。失敗があって、すぐ次も失敗する様なスタッフはいません。そういった処分よりも、どうか部下を信じて差し上げて下さい。もう一度、彼にチャンスを差し上げて下さい、私がいいと言っているのですから。」

 

キッチン担当者の男性が突然、泣き出して「ありがとうございます。すぐにご用意します。」と、頑張って涙を隠しながらキッチンに戻っていきました。飲料部長だけが、その場に残り私は飲料部長に「私の前では、どんな失敗をしてもかまいません。私も同じ人間ですから私も失敗をします。私にとって何よりもの喜びは、私に対する失敗を乗り越えて、他のお客様の笑顔や笑顔に繋がる事ですから。」と言って、通常通りの運営に戻して頂いたんですね。

 

そしてお会計の際、伝票には「0円」と記載されていました。付け加えて料飲部長が「キッチンが、お代は星川様の優しさでお支払い済と申しております」と言って下さって。でも優しさと申しますか、ただ「人を信じる」「チャンスを与える」という、人として当たり前の事をしただけと感じています。ただ私が嬉しいのは、彼は今、立派に料理長にまで上り詰めたという事です。

 

働くって辛い事ですよね。生きるという事も大変な事です。プレッシャーと共に生きなければならない。そして人生は残酷なものだと思います。でも、そんな時、人が人を支えるからこそ、社会は成立するのだと思います。だれもが優しさを忘れなければ。

私は、こうやって死にたい

広島を訪問し「原爆死没者慰霊碑」に黙とうを捧げてきました。しかし、私は世界中の慰霊碑の前で、ただ「平和」を祈るだけでなく「謝罪」の気持ちを戦没者に対して伝えています。何故なら、戦争が終結したとは申せ、みなさんが思い描いたような平和は今もなお達成されていないからです。私は「私達の努力不足により良いご報告が今年も出来ずに申し訳ございません」と心で語り掛けています。

先の大戦の爪痕は現代社会においても深い影を落とし、靖国問題、沖縄、領土問題、朝鮮半島、ロシアの問題など、そして今もなお世界中で戦争や紛争が続いています。戦没者の皆さんは「未来の平和の為」に最後は命をもってして尽くして下さったのに。

私達は重要な世代です。何故なら、戦争体験者から直接お話がきける最後の世代であると同時に、戦争体験者の皆さんの、最後の1人まで見届けるという重責があるからです。そして「戦争を原因とする諸問題は、我々の世代が決着をうけなければならない」つまりは、次世代に戦争に関する「宿題」「課題」など残さない様に、魂をかけて努力をしなければならないと感じています。

そして私は、戦没者や戦争体験者の皆様に「真の平和が、国内外両面において実現された事を、ここに謹んで御報告致します。」と言い切れる社会になってから死にたい、そう考えています。まだ国内外を問わず、様々な「分断」が悲劇を生み続けています。私は長く続く、この「分断の歴史」の終結を、この目で見てから死にたい。だから私は今日も強い意志を持って生き続けています。

気高き壁である事

よく「〇〇を超えたい」という抱負を聞く事があります。例えば親を超えたいとか、身近な誰かを超えたい、という意気込みですよね。普通に聞いていると私自身も「素晴らしい目標だな」と感じますが、違った考え方が私の心の大半を占めています。

 

それは「超えられるかもしれない人物の近くにいては、その人の成長は、そこで止まってしまう」という考え方です。例え話ですが、私自身は両親でしたり、歴代の養育に当たって下さった方々に対しては「死んでも超えられない気高き壁」であると感じています。故に自らの努力には永久性があり、永遠に終わりは無いのです。

 

逆に私自身も次世代の家族や、チームの皆さんは「この人は絶対に超えられない」と考えてもらえるような生き方を、厳しく自らを戒めつつ、自己研鑽を通して、し続けなければ感じています。何故なら、私もまた、超えられるかもしれない壁の前には立ちたくないと考えるからです。

 

ここに謹みて

 
2024年11月15日午前6時32分、崇仁親王妃百合子殿下が薨去遊ばされました。顧みますれば、私が生を受けてからは、昭和62年には高松宮宣仁親王が、昭和64年には昭和天皇が、そして平成28年には三笠宮崇仁親王がお隠れ遊ばされ、この度の百合子妃殿下の薨去をもってして、昭和天皇の世代が全員、幽明を隔てた事となります。
平成28年の夫君の薨去の際、三笠宮邸に弔問に伺った事が、つい昨日の悲しみの如く思い出されますが、こんなにも早く妃殿下までもが旅立たれるとは。誠に悲しみの極みであります。戦前、戦中、戦後と激動の歳月をお歩み遊ばされた日々に想いを致しつつ、ここに謹みて心から哀悼の意を表します。
星川 雅

〇〇を超えたいと思う事はありません

よく人物などを用いて「〇〇を超えたい」というワードを耳にする事があります。しかし私は「もしかしたら超えられるかもしれない」という可能性を抱かせてしまう様な環境下では、人の成長はある程度でストップしてしまう。つまりは「絶対にこの人は超えられないな」と思わせる様な生き方に磨きをかけなければ、家族や周囲の成長は中途半端なものになると考えています。

つまり、そうゆう環境下に身を置く事は良き人生の修行だと感じます。少なからず、私の周囲にいた方々は、至らなさの極みである私からすれば、生涯を通しても超えられない気高き壁であり、私は間違っても「〇〇を超えられた」「超えたい」という欠礼思想は持てない。そう考えています。



羨ましいを使わない

年間を通して様々な方々とお会いし、様々な会話をします。そんな中で私が使わない日本語の一つとして「羨ましい」と言う言葉があります。

相手様が近況報告などをして下さる際に「羨ましい」と会う言葉を発すると言う事は、個人的な感情をただ相手に押し付けているだけで、相手の苦労や努力を労ったり、敬意を表する言葉ではありません。

例えばお声をかけるとすれば「どういった所に苦労なさったんですか」「かなりの工夫が必要でしたでしょう」「だいぶ尽力なさったんですね」「良い結果に繋がり本当に良かったですね」「どんな所が1番大変でしたか」「なかなか出来ない素晴らしい経験をなさいましたね」などお話して、相手様が努力なさった道筋を理解し、加えて敬意を持つ事が大切と私は感じます。

人によっては羨ましいと言う言葉が「あなた、たいして努力もしてにいのに、良い環境にあっていいね。」と嫌味に聞こえてしまう時もあります。結果の後ろには必ず人の努力があります。それを認めて人を羨まず僻まず認めて敬意を持つ。とっても大切な事です。

私は人生を通して人様を羨ましいと思った事がありません。例えば人様の出した成果に対して、私は「自分自身は努力していないのだから、成果が出なくて当然。」という認識が強く、逆に常に尊敬の気持ちを持って常に接しています。

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子供達に負けた方が良い

よく、子供達、後輩、部下、年下等に対して「負けてられない」という考え方、つまりは「いつまでも若々しく、誰かに追い越されない様に」と考える方もいらっしゃると聞きます。人は一度辿り着いた場所、今ある地位を失う事を非常にまでも拒否反応を示すからだと私は思います。

しかし私は人に追い越される事も大好きですし、周囲の方々が私よりも優れた地位にお立ちになる事を何よりもの喜びと考えています。そして私は「何でも自分でやろう」という考え方よりかは「もうお譲りして、お願いをしよう」という考え方が主で、どんどん、どんどん、権限を委譲していく事にも、何ら抵抗がありません。

何故なら、それが「生命」として
当然の原理だからです

私自身も、まだまだ未熟者の年齢とは思いますが、鏡を見続けていれば一目瞭然です。髪質は衰え、シミも増え、シワも増え…そして、今まで出来ていた事が徐々に出来なくなるか、同じ作業なはずなのに、前よりも時間がかかっている。難しい事をしようとすると頭がこんがらがって、思う様に出来なくなってくる。これも私自身の自覚症状です。

そして「あ、死に向かっているんだな」と実感するのです。そう考えた時、次世代の方々に早く私自身を追い越して頂いて、私自身は「去る準備」をしていかなければならない。だからこそ「後者に追い越される努力」をしていかなければならないと思うのです。

いつまでも存在をもってして後者に「圧」をかけていたら、後者はのびのびと育ちゆく事が出来ないでしょう。だから自らの老いを素直に認めて「あとは、お願いしますね」というスタンスの方が、私は後者の為でもあると思いますし、国益にも繋がると思うのです。

子供達が何かを考える時に「でも、親が何て言ってくるか分からないしな」なんて心配事を抱かせないように、後輩や部下が「でも、上司(先輩)がなんて言ってくるか分からないしな」なんて意欲を失わせて、自分らしさを損失させたりする事が無いように。

負けてられないではなく
託す覚悟を持ち続ける大切さ
人から追い越される事は私にとって
何よりもの喜びでしかないのです

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沢山の閲覧ありがとうございます

ここ最近、当ブログの閲覧者が急激に増えており厚く御礼申し上げます。また、どちらからアクセスして頂いているかなと、アクセス詳細情報を拝見し、感謝の気持ちを更に深く致します。これからも当ブログをご愛顧頂きます様お願い致します。皆様から興味関心を頂ける事は、当ブログにとり何もよりもの喜びでございます。

バイトは人生の糧となる

売店でアルバイトをしている現役の大学生から「先日、お客様に怒られてしまって。私は雑貨の担当で、寝具の担当ではなかったのですが、お客様から〇〇が無いかって聞かれて、担当ではないエリアの倉庫に探しにって結局品物が見つからなくて、お客様から対応が遅すぎる、もういいですと言われて怒って帰ってしまったのです。どのように対応したら、正解だったのでしょうか。」という質問を受けました。


私は「お客様、大変恐れ入ますが、現在寝具の担当が不在にしておりまして。ご希望のお品物を今から倉庫を含め在庫確認をして参りますが、もし5分ほどしても見つからない場合は、お客様の御電話番語などのご連絡先を、差し支えなければ教えて頂いて、在庫の有無、あるは発注が可能なお品物なのかを確認させて頂いて、本日中のご連絡という形にさせて頂いても宜しでしょうか。お探し中は是非、店内をご覧になってお待ち頂ければと思います。大変恐れ入ります。」と応じると伝えました。

そしたら学生から「どうしたら、そうゆう言葉使いと、その発想が自然と出てくるんですか」と聞かれたので私は、その秘訣をお伝えしました。アルバイトの経験、特に接客の経験があると無いとでは、人からの愛され方、敬意のもたれ方が変わってきます。

以前、看護師さんから「患者さんの言動で、その人が公務員だったのか、民間企業の人だったのか、態度で、その患者さんがどんな仕事をしてきたのか、だいたい分かります。人生の終焉になって、人となりは成績表の様に人柄に現れます。」と言っていた事があったなと思い出しています。

どんなに「心が綺麗な人」であったとしても、結果的に「形」が整っていなければ、人からは評価されない。そういった意味では高度な接遇力を身に付ける事は、とても意義深い事であると感じます。そんな中でも、接客系のアルバイトをして、お客様からとことんお叱りを頂く事は、美しい人生の始まりであり、私はアルバイトもまた人生の糧になると感じています。

日本の無償労働

日本は「過度なサービス」を提供しすぎだと思います。色々な例え話をしたいのですが、例えば宅配便の時間指定。これは無料ですが、指定するだけ指定して「不在」なんて事も多々ありますよね。でもドライバーさんは、追加の料金(賃金)も受取る事無く再配達に何度も良く。労働者が報われない、無償労働の一つだと思います。こうやって宅配業から人材がいなくなっていくのです。

旅行代理店の窓口。何時間相談をしても「相談料」を取らない。見積もりだけ見積もりさせて「やっぱりやめます」と言われたら、担当者の「成約率」が下がり「給料も上がらない」という負のスパイラル。日本人は「旅行相談は無料」と思い込んでいますが、実は旅行代理店には「相談料」という価格設定があり、旅行代理店側が何故か徴収が出来ていないだけという事を多くの人が知らない。

教員もそうですよね。部活の顧問、補習授業、理不尽な保護者対応、テスト対応、これらは追加の労働賃金を支払うか、外部委託対応をしないと、教員の時給単価は恐ろしいほど低いものになります。

日本には「現金」を手渡すと「失礼」という風習がありますが、これが日本経済を衰退化させていると思います。やはり「やってもらった分、報酬をお渡しする」という、海外でいったら「チップ」の様な文化をつけていかないと、労働生産性、つまりは労働者の「労働意欲」が上がらない、そして日本の経済力は衰退していく。この現象を回避していければと願うばかりです。

ため息の素晴らしさ

日本には同調圧力によるストレスは無数に存在していますが、その中に一つに「ため息をつく事は不適切だ」という考え方が定着していますよね。しかし人体が自然に「やりたい」と考える行動には必ず意味があって、全てを否定する事は心身共によくありません。

しかし本当はため息とは、自律神経のバランスを整える人間に本能的に備わったコントロール術であり、しっかりとため息をつく事によって、末端までみるみる血液が流れ、副交感神経の働きも高まって自律神経が整うという、ため息は健康維持の為には必要不可欠な行動なのです。

つまり私が本文で言いたいのは「周囲がそうだから必ずしも正しい」という訳ではないという事です。一般的に「NG」と言われている中にも、実は意味がある事も多い。だから、同調圧力によって正しい事ですら潰されてしまう世の中にはなっていけないと私は考えています。

頑張れという言葉

昭和生まれの世代は「頑張れ」という言葉はよく耳にしたと思います。しかし平成の時代になり「頑張れ」という言葉は相手を精神的に追い込む可能性があるから、使わない方がいいという風潮、挙句の果てには、頑張れという言葉は「ハラスメント発言」と評価されかねない時代になりました。

でも私は「頑張れ」という言葉を今でも使います。だって「まだ頑張れそうな人」には「頑張れ」という言葉は良き「応援ワード」になるからです。私が使う「頑張れ」という言葉は「まだあなたには、出来るはずでしょう」という心からの応援魂が宿っています。

ただ「KY」の方が使う「頑張れ」は確かに「致命傷」になりかねません。もう限界にきている人や、自分なりにメチャクチャ頑張ってきた人に、更に追い打ちをかける様に「頑張れ」という言葉はかけてはいけないと思います。今にも壊れそうな扉を、それ以上叩いたら扉は壊れるのみ。二度と適切に開かれる事はなくなってしまいます。

つまり対人関係において「相手がどれだけ限界にきているのか」という事を、ちゃんと見極める愛情だったり、配慮だったり、思いやり、気付きだったりを人は持ち合わせていなければいけない。それが出来たなら、私は「頑張って」という言葉は、もっともっと現代社会生きる私達にも使ってもいいと思います。

私の言う「頑張って」は「あなたの力はそんなもんじゃないでしょう」という心からの応援と、相手に対する実は高評価という気持ちが込められています。そして言うまでもまく、その応援お言葉の中には「私も一緒に頑張るから」という共に歩んて行きたいという気持ちも込められているのです。

お客様は神様ではない

昭和の時代に「お客様は神様です」という言葉が流行しました。この考え方の一片は、良くも悪くも現代社会にも一部根付いていています。しかし私は、この考え方、この思想には必ずしも賛同出来るとは考えていません。お客様は神様ではありません。家族の様な大切な存在です。

 

神様に対しては「従う」「信仰」という態度を求められますが、お客様に対して本当に持たなければならない姿勢とは「心に寄り添う」という言葉に尽きると私は考えています。よって「神様に寄り添う」という思想は考えられませんから「家族に寄り添う」という言葉が自然になってくるかと思います。

 

私は「こんな恋人・こんな配偶者・こんな子供・こんな孫・こんな兄弟がいてくれたらいいな」と思って頂けるような「常に人の心に寄り添うホスピタリティ」が接遇の世界では必要不可欠だと強く感じています。我が子が何か辛そうにしている、悩んでいる、困っている、そんな姿を見たら親なら「何とかしてあげたい」と自然に思うものです。

 

それと同じような感情は「サービスの提供」という職務上の「義務感」から発せられるものであってはならないと考えており、やはり「(家族に対して出る様な)自然に出でる」ものでなければ接遇とは成り立たない、つまりは上っ面の態度だけになってしまい、お客様との距離感は遠ざかってしまうと私は考えています。

 

従うではなく

心に寄り添う